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2月24日は猫の三が日の最終日です。
2月24日は猫の三が日の最終日です。(ニャンニャンよ~ん)
昨日は、チー子さんのことを書きましたが、まだ、茅ヶ崎のマンションに住んでいる頃に黒猫の「チャリ」が我家に来ました。というか、母猫が車にひかれて生まれた猫が「チャリ」なのです。
平成7年頃秋頃に私の手元に来ました。(生まれて1日の小さな猫です)。
以前の古い工房の前にあった会社に勤めていた若い男の子が手の平に入ってしまうほどの小さな猫を持ってきました。殆ど猫と言うか、何かの塊のようでした。
男の子が言うには、母猫が引かれて子猫が生まれ残ったそうです。まさに天から授かった命でした。
手のひらには子猫、もう一つの手には粉ミルクを持っていました。
自分でその猫を何とかしようと思ったらしいのですが、ミルクの与え方も分からずにギブアップで私のところにきたのでした。
私も、正直言って育てる自信もないし、経験もありません。たまたま生まれて半月くらい経った「チー子」さんが上手くいっただけで、半月も経てば育つ子は何とか育ちますが、ミルクも飲めない生まれたては自信が無く、どうしようもなく引き受けたが、ミルクをどのようにしてあげていいか判らず、いろいろ皆に聞いたけど、まともに分かる人は誰もいなく、はじめはミルクをガーゼに浸し口につけて飲まそうとしましたが全く呑めなく、上を向かせて無理に入れても駄目、“そうだ! スポイトでやってみよう”いい思い付きでした。
スポイトをどこで飼ったらよいか、文房具店、コンビに、スーパー、随分廻りました。
冬も近い秋の日の暮れるのは早く、まして寒川では店も早く締まってしまうので焦るばかり! 時間も7時半を回って寒川駅近くの薬局がシャッターを閉めているところに通りかかり、急いで車を止め店主に聞いたところやっとの思いでスポイトを手に入れました。
急いで帰って子猫にミルクを与えましたが、なかなか上手く呑めませんでした。
辛抱強く少しずつ浸す程度に与えていくと、子猫も私も要領を得たように口にしていけました。

息子ももう大学生! 子猫が私達にとって子供のようでした。
ミルクを上げるのも楽しみで、小さな頃の数週間は、毎日膝掛け毛布の入った大きな紙袋に入れ、夜は私の枕元で! 日中は工房の事務所の机の上で遊んでいる毎日! 自宅には何時も「チー子さん」がいるので半年経ったら工房で育てようと決め、半年間は私と毎日通う日々! ですが、牡猫で育ちが良くまた尻尾が長いのでこれも大変! 猫を飼ってはいけないマンションですから、1ヶ月半を過ぎた頃のはもう大きく紙袋では無理で大きなバックで出入りをし、車に乗ると助手席でゆったり寝ていました。 やがてバックに入らなくなりコートの中で抱っこをしていたが尻尾は出るし、これが又大変! 春の暖かくなった頃までこの状況は続きましたが、私自身子供達が小さい頃は、ほとんど家でユックリする事がなかった20代、30代で私にとっては本当に子供のようでした。
車がとっても好きな「チャリ」で車のダッシュバン(フロント硝子の所)で寝そべって、そのまま町田に住む母のところに着くまで1時間以上も外を見ていた「チャリ」でした。

平成7年に私のところに来て平成17年12月21日の夜中1時30分に息を引き取りました。
ほぼ10年の命でした。

「チャリ」が4歳半の頃に「メグ」が来ました。

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どの猫も好きですが、大好きな「チャリ」でした。
チャリは、工房で寝るときは何時も机の上が多かったです。“鬱陶しい”けど可愛いです。

明日は、「メグ」の事も書きます。
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by friedband | 2010-02-24 19:50 | | Trackback | Comments(0)
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