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カントリーミュージックと音と家具の毎日
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母を御送りしました。
今日、母の納骨をし、この世とのお別れをしてきました。遂にお別れです。
江ノ島の叔父夫婦が我家に来るのを待って、息子の家族達と、朝八時少々に自宅を出て、
赤坂のお寺に出かけ、四十九日で納骨をし、最後のお別れをみんなでしてきました。
一区切りが終わったのでしょうが、何か未だ信じられないような気持です。
お墓を綺麗に掃除し、母のお骨を納めてきましたが、自分自身何をやっているのだろう!
複雑な気持で、工房に戻りました。
先月から今日まで母がなくなってからいろいろな感情が私自身の中にありましたが、納骨
が終わった安堵感や複雑な気持などで、とにかく疲れました。
今日は、自分自身でもどうにもならないくらいダルさの残った一日です。
以前の書き込みと重複する事もあるかと思いますが、今日の気持を書き込みます。

先月、24日の午後1時55分に眠るように静かに息を引き取りました。
眠るように静かに、苦しむ様子も無く逝ってしまった母に、若い頃からの壮絶な生き様が
ありそして全てやり尽くし、自分の責任の全てを終わらせて逝った母の満足な顔を見た
ようでした。

私が生まれた、未だ終戦間もなくの時代! 食べる事に事を欠く時代! 私が未だ1歳に
ならない頃、母は、父と協議離婚をし、母一人の時代が始まったのです。
未だ、父の記憶もない私は、父親は交通事故で亡くなったと聞かされていました。
私が、未だ小学校に上がる前の頃、母は、自分の両親、自分の兄弟で長男の弟、そして
三男の弟(私に音楽の影響を与えた)、私の兄と私の6人を一人で働き養っていました。

昼は、茶道と華道の師範としてお弟子さんに教える立場、そして夜は、お弟子さんの
お母さんが母の親友であった為、新宿の小料理屋さんを手伝い(私も小学生になった頃
ご馳走になったことが何度かあります)、毎日夜中まで働く日々でした。

そんな時代は、渋谷の家は稽古場の為、私は、おばあちゃんと暮らす毎日でした。
母と居る時間が少ない為、それだけに母は何時も子供に惨めな思いはさせたくないと
想っていたようでした。
しかし女手一人で6人を養うのは並大抵の事ではなかったと思います。
この頃からの母の根性が家族を幸せに導いたのでしょう!

小学生の頃、5年生の時、ある日突然、学校の先生が、自転車で私の家まで血相を
変えてきました。
今井!お父さんが学校に来ているぞ!と言うのでした。
何のことかわからなかったけど、母に聞いたところ、実はお父さんは生きているよ!と
言うことを聞きましたが、未だ何のことか判らないまま、父と対面しました。父と言う実感は
何もありません。
ただ大きな人だな? 
と言う感想だけで、その日は良く判らないまま食事をしたのを覚えています。

のちに、母が私に分かるように、キチンと話してくれました。
未だ私がお腹に居るころから、父のギャンブル好きが酷くなり、当時事業を幾つかやって
いて始めのころはとても生活も豊であったと聞いていました。
ギャンブルに対して、日増しに酷くなり、当時はワンマン経営で、借金と事業を断たんで
ギャンブルにつぎ込む日々だったそうで、このままでは一家離散を感じた母は離婚を決意
したそうです。
しかしながら、私の記憶の中にある母の顔は、いつも穏やかで、静かな表情の母でした。
そんな、母の姿が、みんなの生活を穏やかに送らせてくれたのだと思います。

私が高校生の頃は、音楽に没頭する毎日ですが、それ以外の事はとても厳しい母でした。
女の子との交際などはもってのほかで、電話すら繋がない徹底振り!そんなことでも
不満の出ない毎日でした。

高校生の頃は、母のやってきたことを十分理解できる年! 
そんなことを言っては“罰が当たる”と思っていました。
(我慢をしていたのか判りませんが!)
今の時代の若者に言ったら“古い”と一言で言われそうです。

何の不満も無く育った私達、そんな私達も年頃の頃には、押さえつけられていたものが
爆発するかのように、随分と母に迷惑をかけました。
私以上に、兄はいつまでも苦労をかけました。いつになったら“やめるんだ!”
などと言っていた母ですが、何があってもいつも、自分の子供の責任は自分の責任と
思っていた母! 本当にいつまでも苦労をしていました。
子供、家族に対しての責任をいつも自分でとる!
そんな母も、いつしか、自分自身のことをキチンと責任を持って生活するようになりました。



また明日書き込みをします。



今日、お寺を出るときに周りが「ホテルオークラ」や「アメリカ大使館」「スエーデン大使館」
「スペイン大使館」など、たくさんの大使館があり、角にたっている警察官の方が、挨拶を
してくれました。
とっても気持がいい1日の終わりを迎えられました。
これも母の心でしょうか!
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by friedband | 2010-07-31 18:46 | 日常 | Trackback | Comments(0)
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