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カントリーミュージックと音と家具の毎日
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私の音楽カントリー Vol.1
私が二十歳頃から入り浸っていたカントリーライブハウスの
東京幡ヶ谷に有ったキャトルコールのリミちゃんが、昨日の
フライドライブに来てくれました。
余りに突然なので誰か良く分からない!
まさか来るとは思っていないので、だれか見当もつかない!
40数年ぶりの再会にとても驚きました。

私のカントリーと云う音楽人生の中の1ページ以上の存在の
時間でした。
音楽を始める切っ掛けは、いろいろ有り、中学生1年の時に
見たNHKの番組で「陽気なネルソン」(オジー、ハリエット、
デビット、リッキー4人家族)でした。アメリカで50年代
から始まった番組でしたが、日本では1960年の私が中学生に
なった年に放映され私は虜になりました。

叔父の影響で、子供の頃から洋楽(クラシック、カントリー、
ジャズ)に親しんでいた私自身がカントリーの世界に入るのは
たやすい状況で、叔父と一緒に住んでいた自宅には何時も朝から
FENの放送が流れカントリーも自然に耳にしていました。

中学生の時にリッキーネルソンに感化されて当時まだまだ高い
ウエスタンギターを重労働の牛乳工場でのアルバイトで稼ぎ
手に入れた事がバンド人生の始まりです。
当時14歳の私が仲間を誘って3人組で変なバンドを結成し
熱が入るほど音楽にのめり込みました。
この頃は、音楽とバスケの2つしか自分には有りませんでした。

高校生の頃にウエスタンバンド(当時はこう言った)を結成し
無茶苦茶楽しんだ!
当時の人気歌手であるスリーハンク、エディーアーノルド等の
音源が手に入る範囲で楽しんだ!
オープンリールのテープレコーダーが手に入り、FENからの
音源なども資料になった。

高校生の頃はバンドで使う機材を一通り買い込み、渋谷の自宅の
自室が練習場所になり日夜音楽に明け暮れる日々もあった。
懐かしい時代であったが、渋谷あたりにもライブハウスができ
都内に少しずつだが店も増えた。
そんな頃、幡ヶ谷に出来た「キャトルコール」を知り、出入りを
するようになっていった。
プロのミュージシャンが仕事を終えてそこに遊びに来ると云う
ある意味、プロとの交流の場所でもあった。
それなりに、音楽をやる時に自信を持ってシッカリと歌う演奏を
する事が一番要求される場所でもあった。

Vol.2 へ続く!
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by friedband | 2015-05-10 17:19 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
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