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カントリーミュージックと音と家具の毎日
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振り返る為の日 Part1

3月11日はあの、東日本大震災が起きた日です。

この日から日本の地震や原発に対する考えが大きく変わりました。

また、人の心も徐々に変わってきました。

昨日、イベントがあり参加しました。


母が亡くなったのは災害の起きる10か月前でした。

17年くらい前に私が家を建てたときに一緒に住み始めましたが

田舎の空気に馴染めず、同じ年齢の人は畑仕事をしていて、友人も

作れなく、老人会の集まりでは満足できずに一人暮らしを初めて

11年でほぼ90歳で亡くなるまで自活をしていました。

おふくろが亡くなってから約10か月後に震災が起きました。

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寒川駅前広場での「忘れないイベント」
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震災が起きた時に母がいたらと思うとゾッとします。

母には何度も驚かされ、仕事で山形に打ち合わせで行っている時に

病院の救急看護室から電話で、救急車で搬送された!の連絡があり

吹雪の中、車を飛ばし、“親の死に目に会えない”こんな事を思い

帰ってきましたが、何てことはなく友達とお酒を飲んで酔って転び

友人も起こす事が出来ないので救急車を呼んだのでした。

最近特に多い、救急車の無駄呼びです。

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津波で何もなくなった南相馬の浜


母親を思い出すのは、福島の避難所に居たご高齢のご婦人たちに

会った時に重なります。

一人暮しのご婦人も居て、頼る心を私たちが訪れた時に気持ちを

吐き出すように話し始めました。

一人でいるときは、段ボールで囲われたプライバシーもない狭い

スペースです。2枚分の中に荷物と一緒が自分の居場所です。

何かに集中することもなく、毎日同じ顔を見て愚痴を言いあって

先の見えない毎日を過ごし始めて約1か月半がたった皆さんに会い

いろいろとお手伝いできることを考えてみました。

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日常を忘れて何かに集中したい!こんな話を聞いて木工教室を考え

工作のキットを2種類150個作って原町第二中学校に翌月の6

工房のスタッフを一人連れて行きました。

更に、7月には木工教室と避難所でコンサートを開きました。

月に一度しか伺えませんが、避難所が閉鎖される9月末まで

続けました。

そんな8月の夏の暑い日に福島愛育園に初めて行きました。


                         明日に続く!



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by friedband | 2017-03-12 20:16 | NETWORK活動 | Trackback | Comments(0)
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